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2012年6月22日金曜日

英語偏重に対する違和感

世の中、グローバル化などという聞こえの良い言葉で英語ができない人間に対してのプレッシャーが強まっている。
この記事、韓国企業での求められる英語力に関しては事実だし、その背景もその通りでわかりやすい。
でも、日本でもそうあるべき的な風潮はいただけない。
昨年まで4年間ほど海外のASICベンダとの仕事をしていた。
窓口をしていたので単身での出張も通算3度で2ヵ月ほど行っていた。
社内でも設計物の検証は必ずフィリピン人の検証者がついており、英語のやり取りだった。
英語は苦手だな、と感じたことはあったが、困ったことは一度も無かった。
言葉で伝わらなければ、絵を描けば良い。


一つの単語も知らないとしても、絵を描いて言葉を覚えるところから始めればいい。
ゾンカ語を知らずに、ブータンでは滞りなくホームステイをした。
シンハラ語もタミル語も知らず、スリランカで野宿旅をした。
フランス語を知らなくたって、フランス人と1週間同じテントでフィヨルド内を彷徨した。
ベトナム語を知らず、ベトナム人漁師に海峡横断のサポートをしてもらった。
何も問題ない。

英語は、世界の共通語とされ、世間的にしゃべれない人間にそうは優しく扱ってくれないという反論もあろう。
でも、自分の体験上、英語に限らず、やっぱり語学は気合いである。
どんなに間違った文法で言おうが、単語を並べただけであろうが、
「てめぇ、こっちの言ってることがわからんのか」
「お前の言ってる英語はわからん」
と自信満々で絶対に譲らない姿勢で相手の目を見据えていれば、相手は少なくともなめたり、ないがしろにしたりはしない。
入社時に突然受けさせられたきりのTOEICの点なんて、この記事でいけば「英語はできません」のレベルだけど、出張にも何ら支障はなかった。
「英語はできません」の評価は正しいけど。。。

ま、語学は気合いってのはののさんの受け売りですけど。
わからないのはお前が悪いってばーっとしゃべっちゃう。
そしたら、必死になって相手がわかってくれるよ。
って。
初めて聞いた時は爆笑でしたが。

気合いって言っても、礼を失するようなことをしろ、とか、相手を威嚇しろ、と言ってるわけじゃなくて、自分の言葉に魂を込めろ、ということ。
どんなに稚拙な表現でも、魂を込めて語れば、それはどんな言語であろうと相手の心に響く。
言葉なんて所詮ツールだ。
ツールを使いこなせるよう励む努力はすれば良い。
でも、「そのツールを使って何をするか」を掘り下げることよりも優先してツールの習得にあくせくするなんて本末転倒だと思うのだ。

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