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2015年12月31日木曜日
2015年12月8日火曜日
プロフェッショナルとは?
年度末の評価面談があった。
給料分以上、役職以上の仕事はこなしている自負もあるし、周りもそれを認めているという認識があるので、すんなり自己評価通り話は終わった。
話をしていて、この職場で勤めあげるつもりはさらさらないことが見透かされているような、なかなか鋭い上司のコメントも中にはあったりするのだが、概ね上司の取るべき態度の教科書的な内容に沿っていることがうかがえるものだった。
今の室長さんは結構仕事にアグレッシブで、かなりレベルの低い今の職場にあっては、そこそこ力のある人だと思う。が、惜しむらくはアグレッシブが故に自分で抱えすぎてしまう仕事を管理する方の能力が備えられていない。現状、プロジェクトリーダーにアサインされていることを考えると、そこは失格と言われても仕方ない状況に陥っていて相当疲弊している。
話していて「これだけアウトプットを出すのに自分の仕事をどうやって管理しているのか教えてくれ」というのを聞かれると共に「君の仕事の仕方はプロフェッショナルを感じて評価している」ということを言われる。
「プロフェッショナル」
人財育成の本やら研修なんかの場でよく聞かれる言葉だ。
仕事のプロフェッショナルになれ!
組織で働いてもプロフェッショナルをめざせ!
ジェネラリストになるな、プロフェッショナルをめざせ!
でも、この「プロフェッショナル」って何?
ちょっと調べてみると、知識・教育、コミュニティ、倫理・公共、オートノミーの4つのタイポロジーによって、それは定義されているらしい。
すなわち、
・どんな風に学び、どんな知識を有している人か?(知識・教育)
・どんなコミュニティに属している人か?(コミュニティ)
・どんな職業倫理をもち、パブリックミッションを果たそうとしているか?(倫理・公共)
・仕事にどれだけ自律性をもっているか(オートノミー)
そして、フレックスナーの6つの資質論というのがあるらしい。
・知的な職業であり、適切な選択と重大な責任をもった判断を行えること
・特定分野における高度な体系的知識を有し、かつ、長期間にわたる教育訓練をへていること
・体系的知識が現場で適用可能であり、実践的であること
・知識だけで対処できない場合には、獲得している技能で問題に対処可能であること
・専門家団体を有しており、資格認定などを行っていること
・公共への奉仕を行えること
これを簡略化して、
・職務遂行上活用できる知識体系を有すること
・専門職養成のための教育課程においての訓練を受けていること
・専門職団体が存在し、それに加入していること
・高い倫理綱領をもつこと
というエツィオーニの定義や、スローカムの定義
・理論的基礎、知識的基礎をもつこと
・専門職団体が発達していること
・専門家としての価値観・倫理観をもつこと
・コミュニティに対する献身を旨とすること
・専門家としての自律性をもっていること
というのがあるらしい。
自分なりに噛み砕くと、
かっちりとした理論体系をもっていて、専門職団体が発達していて、自律的に自分で仕事を行い、そして、その仕事には公益性が存在する
というところか。
まあ、これは属性論な話で、それとは少し異なるアプローチで定義したMITで教鞭をとっていたドナルド=ショーンによると、
「自分が慣れ親しんでいない状況」「いまだ定義が定まっていない問題」と向き合い、自らの知識を駆使し、行為し、その中で考える
ということになるらしい。
だから、「プロフェッショナル」という言葉を吐いた人間が、果たして、
高度な知識をもてと言っているのか、
倫理を持てといっているのか、
泥臭いことも真摯に取り組めと言っているのか、
組織とは独立したコミュニティを持てといっているのか。
斟酌して対面する必要があるわけだ。
と話は発散したわけだが、結局のところ業務の評価しか観点が無いわけだから、
できないこと(QCDの観点で)はロジカルにできないことを説明し、
いくつかの次善の策とそのメリット・デメリットを示し、
コミットした仕事は最低限求められたQCDを満たす
といったことを指しているようで、、、
自分は技術屋としての能力を売って給料をもらっていると思っているので、至極当然のレベルに過ぎず、こういった自分の尺度を落としていくことの無いように、組織とは独立したコミュニティを持ちつづけないといけないなと思った年度末である。
給料分以上、役職以上の仕事はこなしている自負もあるし、周りもそれを認めているという認識があるので、すんなり自己評価通り話は終わった。
話をしていて、この職場で勤めあげるつもりはさらさらないことが見透かされているような、なかなか鋭い上司のコメントも中にはあったりするのだが、概ね上司の取るべき態度の教科書的な内容に沿っていることがうかがえるものだった。
今の室長さんは結構仕事にアグレッシブで、かなりレベルの低い今の職場にあっては、そこそこ力のある人だと思う。が、惜しむらくはアグレッシブが故に自分で抱えすぎてしまう仕事を管理する方の能力が備えられていない。現状、プロジェクトリーダーにアサインされていることを考えると、そこは失格と言われても仕方ない状況に陥っていて相当疲弊している。
話していて「これだけアウトプットを出すのに自分の仕事をどうやって管理しているのか教えてくれ」というのを聞かれると共に「君の仕事の仕方はプロフェッショナルを感じて評価している」ということを言われる。
「プロフェッショナル」
人財育成の本やら研修なんかの場でよく聞かれる言葉だ。
仕事のプロフェッショナルになれ!
組織で働いてもプロフェッショナルをめざせ!
ジェネラリストになるな、プロフェッショナルをめざせ!
でも、この「プロフェッショナル」って何?
ちょっと調べてみると、知識・教育、コミュニティ、倫理・公共、オートノミーの4つのタイポロジーによって、それは定義されているらしい。
すなわち、
・どんな風に学び、どんな知識を有している人か?(知識・教育)
・どんなコミュニティに属している人か?(コミュニティ)
・どんな職業倫理をもち、パブリックミッションを果たそうとしているか?(倫理・公共)
・仕事にどれだけ自律性をもっているか(オートノミー)
そして、フレックスナーの6つの資質論というのがあるらしい。
・知的な職業であり、適切な選択と重大な責任をもった判断を行えること
・特定分野における高度な体系的知識を有し、かつ、長期間にわたる教育訓練をへていること
・体系的知識が現場で適用可能であり、実践的であること
・知識だけで対処できない場合には、獲得している技能で問題に対処可能であること
・専門家団体を有しており、資格認定などを行っていること
・公共への奉仕を行えること
これを簡略化して、
・職務遂行上活用できる知識体系を有すること
・専門職養成のための教育課程においての訓練を受けていること
・専門職団体が存在し、それに加入していること
・高い倫理綱領をもつこと
というエツィオーニの定義や、スローカムの定義
・理論的基礎、知識的基礎をもつこと
・専門職団体が発達していること
・専門家としての価値観・倫理観をもつこと
・コミュニティに対する献身を旨とすること
・専門家としての自律性をもっていること
というのがあるらしい。
自分なりに噛み砕くと、
かっちりとした理論体系をもっていて、専門職団体が発達していて、自律的に自分で仕事を行い、そして、その仕事には公益性が存在する
というところか。
まあ、これは属性論な話で、それとは少し異なるアプローチで定義したMITで教鞭をとっていたドナルド=ショーンによると、
「自分が慣れ親しんでいない状況」「いまだ定義が定まっていない問題」と向き合い、自らの知識を駆使し、行為し、その中で考える
ということになるらしい。
だから、「プロフェッショナル」という言葉を吐いた人間が、果たして、
高度な知識をもてと言っているのか、
倫理を持てといっているのか、
泥臭いことも真摯に取り組めと言っているのか、
組織とは独立したコミュニティを持てといっているのか。
斟酌して対面する必要があるわけだ。
と話は発散したわけだが、結局のところ業務の評価しか観点が無いわけだから、
できないこと(QCDの観点で)はロジカルにできないことを説明し、
いくつかの次善の策とそのメリット・デメリットを示し、
コミットした仕事は最低限求められたQCDを満たす
といったことを指しているようで、、、
自分は技術屋としての能力を売って給料をもらっていると思っているので、至極当然のレベルに過ぎず、こういった自分の尺度を落としていくことの無いように、組織とは独立したコミュニティを持ちつづけないといけないなと思った年度末である。
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