人気の投稿

ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 仕事 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年12月8日火曜日

プロフェッショナルとは?

年度末の評価面談があった。

給料分以上、役職以上の仕事はこなしている自負もあるし、周りもそれを認めているという認識があるので、すんなり自己評価通り話は終わった。

話をしていて、この職場で勤めあげるつもりはさらさらないことが見透かされているような、なかなか鋭い上司のコメントも中にはあったりするのだが、概ね上司の取るべき態度の教科書的な内容に沿っていることがうかがえるものだった。

今の室長さんは結構仕事にアグレッシブで、かなりレベルの低い今の職場にあっては、そこそこ力のある人だと思う。
が、惜しむらくはアグレッシブが故に自分で抱えすぎてしまう仕事を管理する方の能力が備えられていない。現状、プロジェクトリーダーにアサインされていることを考えると、そこは失格と言われても仕方ない状況に陥っていて相当疲弊している。

話していて「これだけアウトプットを出すのに自分の仕事をどうやって管理しているのか教えてくれ」というのを聞かれると共に「君の仕事の仕方はプロフェッショナルを感じて評価している」ということを言われる。

「プロフェッショナル」

人財育成の本やら研修なんかの場でよく聞かれる言葉だ。
 仕事のプロフェッショナルになれ!
 組織で働いてもプロフェッショナルをめざせ!
 ジェネラリストになるな、プロフェッショナルをめざせ!

でも、この「プロフェッショナル」って何?
ちょっと調べてみると、知識・教育、コミュニティ、倫理・公共、オートノミーの4つのタイポロジーによって、それは定義されているらしい。
すなわち、
・どんな風に学び、どんな知識を有している人か?(知識・教育)
・どんなコミュニティに属している人か?(コミュニティ)
・どんな職業倫理をもち、パブリックミッションを果たそうとしているか?(倫理・公共)
・仕事にどれだけ自律性をもっているか(オートノミー)

そして、フレックスナーの6つの資質論というのがあるらしい。
・知的な職業であり、適切な選択と重大な責任をもった判断を行えること
・特定分野における高度な体系的知識を有し、かつ、長期間にわたる教育訓練をへていること
・体系的知識が現場で適用可能であり、実践的であること
・知識だけで対処できない場合には、獲得している技能で問題に対処可能であること
・専門家団体を有しており、資格認定などを行っていること
・公共への奉仕を行えること

これを簡略化して、
・職務遂行上活用できる知識体系を有すること
・専門職養成のための教育課程においての訓練を受けていること
・専門職団体が存在し、それに加入していること
・高い倫理綱領をもつこと
というエツィオーニの定義や、スローカムの定義
・理論的基礎、知識的基礎をもつこと
・専門職団体が発達していること
・専門家としての価値観・倫理観をもつこと
・コミュニティに対する献身を旨とすること
・専門家としての自律性をもっていること
というのがあるらしい。

自分なりに噛み砕くと、
かっちりとした理論体系をもっていて、専門職団体が発達していて、自律的に自分で仕事を行い、そして、その仕事には公益性が存在する
というところか。
まあ、これは属性論な話で、それとは少し異なるアプローチで定義したMITで教鞭をとっていたドナルド=ショーンによると、
「自分が慣れ親しんでいない状況」「いまだ定義が定まっていない問題」と向き合い、自らの知識を駆使し、行為し、その中で考える

ということになるらしい。

だから、「プロフェッショナル」という言葉を吐いた人間が、果たして、
高度な知識をもてと言っているのか、
倫理を持てといっているのか、
泥臭いことも真摯に取り組めと言っているのか、
組織とは独立したコミュニティを持てといっているのか。
斟酌して対面する必要があるわけだ。

と話は発散したわけだが、結局のところ業務の評価しか観点が無いわけだから、

できないこと(QCDの観点で)はロジカルにできないことを説明し、
いくつかの次善の策とそのメリット・デメリットを示し、
コミットした仕事は最低限求められたQCDを満たす

といったことを指しているようで、、、

自分は技術屋としての能力を売って給料をもらっていると思っているので、至極当然のレベルに過ぎず、こういった自分の尺度を落としていくことの無いように、組織とは独立したコミュニティを持ちつづけないといけないなと思った年度末である。

2015年11月11日水曜日

OJT指導者は向いていないという話

昨日今日と、指名されてOJT指導者研修というのに行かされたわけなのですが、なんなんすかね?こんないじめっ子に対して。

集まってきている人々は、所長、部長から指名されてきているだけに、それなりに社内で上に行きたい志向の方々ばかりだったので、課長になるためには必須研修らしく、なんだか意気揚々としてるわけですが、こっちは会社にいつまでも居るつもりはないので、組織の強化につながるとか言われても、後輩指導とか正直興味ないんですよ。。。

で、2日間、後輩指導にあたってのスキルを教えてくれるわけですが、これがまたたいしたことないわけで。
OJTは個々にあった指導ができるとか言う割に、エゴグラムとか使って後輩のタイプを5タイプの型にはめて対応させようとする。
趣味の話とか生活習慣とか情報収集して、後輩を導いてあげなさい、とか、もう、小学生の先生になったんじゃないっつうの。

そもそも、無能なのを入れてるのは採用者の問題なわけで、採用活動してる偉いさんの尻拭いをなんで我々がさせられなきゃいけないのか。。。

この前、なべさんとも呑みながら話してたけど、悪人の僕は思うに、無能な人には自己能力を認識してもらってやめていただくのが一番お互いにとってハッピーなんだと思うのだが。。。

2015年7月19日日曜日

周りで乱発される努力という言葉

昨日書いたことの続きではないのだけど、今の職場の人はやたらと「頑張った」とか「努力」という言葉を使う。
これ、個人的にすごく違和感があるわけです。

もう、みんないい大人なんだからさ、努力は手段に過ぎなくて、目的じゃ無いでしょ?
「頑張った」とか「努力」そのものなんて評価の対象じゃないよ。
評価の基準はあくまでも結果であるべきで、その結果を得るために努力はするわけだ。
「結果はうまくいかなかったけど、頑張りました、ボク!」
って小学生か、って話。
頑張ることは手段だ。求める結果じゃない。
「でもボク頑張りました!」
関係ない。そんなこと聞いてない。
っつうか、努力なんてたいていの人が普通にしてる。
聞いてるのは、その仕事が何ヶ月も遅れて未だに結果が出ない理由だ。

まあ、でも、自分より上の人たちが、頑張ったならそれでいいっていう優しい価値観の人ばかりの職場で、上の仕事の仕方もそうだからそうなっちゃうんだろうけど。。。

そんなこと言いつつ、自分もわりと陥りがちなんだよね、気をつけていないと。
大きな目標を設定して、オーバーワークが続くと、どうしても「頑張ってる自分」に酔う瞬間がある。まあ、自分の場合は仕事じゃないケースばかりだけど。自己陶酔して、頑張ることが目的になり、本来の目的が二の次になってしまう。これ、中身や過程はどうあれ、上の「頑張ってます」な人と同じことだよね。でも、意外とやりがち。がむしゃらな努力で一瞬の自己満足を得るのではなくて、今やっていることが次の一歩に僅かでも活かされる努力をすること。それが正しい努力なのだと思う。
間違った努力をしないで、結果につながる正しい努力をして、結果だけを提示する。
それがあるべき姿だと思ってる。

と、書き連ねてきたけど、努力って何ですかね?
と言うか、どちらかと言うと、感じる違和感の本質は、どうもこちらのような気がする。
努力できることも才能、という人が居るけど、ちょっと違うよな、と思う。
個人的には「才能の差を埋める創意工夫と行動」が努力だと思う。
だから、出来る/出来ない じゃなくて、やるか/やらないか だ。
自分の影響力の範囲のど真ん中で、誰だってできること。

人には個人差があって、同じようにやっても差が出る。
それは事実として認めるし、仕方が無いことだと思う。
けど、それだけで諦めちゃったらつまんないでしょ?
頑張れば、絶対いけるとは言わないけど、意外といけるぞ、って思うわけ。
なぜなら、なんでも(努力すら)才能のせいにして、やらない人が結構多いから。
だから、ボクは努力にたいして重きを置いてるわけでも、好きなわけでもないけど、自分がこうありたい、こうなりたいという目的に必要だから、その手段として頑張ろうと思う。

話が逸れたけど、で、自分の思う努力の定義とちょっと違うんだよね。
君の言う「努力」ってやつのどこに君独自の創意工夫があるのかね?
っていつも思う。
しかも、常に創意工夫が求められやすい、研究開発職のはずの人なのに。

愚痴をツラツラと書いたわけだけど、それらを他山の石として、自分は染まらず、正しいと思う方向に向かいたい。

2015年7月18日土曜日

プロジェクトマネージメントの研修を受けていた

自らの意志で職場を移動して4年が経とうとしている。
そろそろ振り返るにはいい時期だと思うので、書き留める。

一番に思うことは、あれほど、異動時に色々考えた割には、それでも離れてみないと実感がもてないことがあるということ。

昨日、一昨日とPMBOK(プロジェクトマネージメント)の研修を指令で受けさせられていた。前の部署でチップリーダーをやったこともあるし、何を今さらと思って受けたわけだけど、案の定、用語やツール名を知らなかっただけで、今まで自分でこうすべきと思ってやっていたこと以上の知見を得るには至らなかった。

で、冒頭の実感を改めてもったこと。
あれほど中に居る時は生きづらい世の中だ、と思っていたことが、ある程度チームをマネージメントしていくためには必要だったということ。そして、それが今の組織ではできていない。いや、同じ研修をマネージャーも受けてるから形の上ではやろうとしている風には見える。でも、あくまでもやってる風に見せているだけで、効果が出るように正しくそのツールを使っていない。なぜなら、それを全うするためのそこそこ面倒な手続きを継続して行う習慣をマネージャー自身が持っていないから。上がそういう風であれば、そういう上司しか見てこなかった下の人たちは皆それに染まる。悪循環ですな。

じゃあ、なぜそれを異動時に気づいて、異動するのをやめられなかったのか?
まあ、一つは別の理由で、当時の上司から見て一つの駒にしか扱われていないような処置をされて嫌気がさしたこともあるのだけど、もう一つは、当時は開発の仕事にここまで管理業務は必要ないだろ、という風に思っていたから。
実際のところ、言葉面だけを受け止めれば同じ思いだ。
ただ、一点気づいたと言うか、前から気づいていたのに結びついてなかっただけなのだけど、「うちの会社にいる人間のレベルが低い」ということ。
自分の専門は電気なのだけど、会社内の電気技術者のレベルは正直低い。時々、お、この人そこそこやるな、と思うと中途採用で外から来た人であることが多い。
もともと、カメラの会社だから、小さい精密なものを作るメカの技術屋と光学屋さんはそこそこのレベルなんだろうけど、電気はしょぼい。ソフトも同じくらいしょぼいと思う。
だから、そういう集団なのだから管理が必要、ということ。

なので、managementというよりはcontrolすること、今の会社に居る限りはものごとうまく進めるためには、管理することを意識しないといけない、そんな風な気づきがあった研修受講だったということです。

2012年1月30日月曜日

今日はしょんぼりなのです

入社して約11年。
新規事業企画から立ち上げの部署に5年居て、ぽしゃって解散。
その後5年はLSI開発の部署で、上流から下流まで全部やった。

会社の事業も選択と集中を謳ってるけど、それ以前に仕事が細分化、専門化して一つの仕事しかしない人が多い中、ちょっと変わったキャリアになってる。
ま、アウトプットを出すには非常に効率が悪い経験値の積み方だから、社内でのポジジョンアップには決定的に不利なわけだが。

でも、これって製品開発に行き詰まりを感じる昨今、結構な強みになると思う。
というのも、行き詰まりを打開する大多数の要素として他ジャンルとの融合ってやつがなされるから。
いろんな領域に跨る技術ってやつはいろんな技術領域の知識が必要となり意外とやっかいだから、これまでの経験値が非常に有用になる。
しかも、個人的志向がオールマイティーな何でも自分で全部できる、ってとこだから自分のキャリアプランからも外れてない気がする。

で、LSI開発もそれなりに全ての工程できるようになったから、そいつを使って改めて製品開発を、ってことで昨年秋に部署を異動してみた。
根幹の理由は、人を自分の手駒の一つとしか扱わない上司に「部下も上司を選べる制度がある」と見せつけるためだけど。
しかも、うまい具合に自分が昨年まで開発したLSIをのっける可能性が出てきた部門が公募を出してた。

メーカに入った人間として、自分の開発した製品が世に出ることが技術者としてまず最初に感慨のわく瞬間だと思う。
でも、製品に携わる人たちってのはシステムインテグレートするので精いっぱいだから、やってることは部品を買ってきてそれを組み合わせて要求仕様を満たすシステムを作り上げてるってとこだけだ。
でも、今回その部品の中の一番重要な、製品の頭脳にあたるLSI開発を自分でやって、それを実装した製品を自分で設計して製品化する、というもう二度と巡ってこないであろうチャンスを手に入れかけたわけだ。

だから、この製品出たら、もう会社で電気屋としてやり残したことはなくなるだろうな、って思ってた。
で、今日、そのLSIを搭載しないことが決まった。
いやあ、しょんぼりです。

異動前にはかなり高い確率でそのLSIのっかるって話だったけど、どうやら社内のセクショナルな(政治)力学でなんとなくそう語られていただけらしい。
異動してみると、そのLSI搭載の推進派は一人だけだった。
その人も反対されまくって心が折れていて、最終的に推進派は自分ひとり。
ま、してやったりと思ってたけど、世の中そんな甘くはないっつうことだ。

でもなあ、ホントしょんぼりですわ。

2010年7月1日木曜日

いつもの如く

二転三転しております。

何が?

私の出張でございます。

25(水):誰かをイタリアへ送り込む予定であることを室長吐露
    先手を打って、自分の仕事じゃないことを主張しておく
26(木):対象者候補に自分が入っていないことを確認          
    <行かない>
27(金):部長クラスとの打ち合わせから戻る室長より
    急転直下、イタリアに行ってくれと言われる
    皆責任をとりたくないらしい
    <行く>
28(月):室長と二人で手分けしてプレッシャーをかけに行くことになる
29(火):イタリアより来てもらっても準備ができないから待ったがかかる
    <行かない?>
30(水):主任さんが寝耳に水で行けと言われる
    <行かない>
7/1(木):一応用意をしとけと改めて言われる
    <行くかも>

何とかしてくれ~