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2015年7月4日土曜日

ルーティーンという言葉に思うこと

会社で指導している3年目の父ちゃん坊やと話していて、いろいろイライラしたり、はぁ〜、と思ったりしているのだけど、最近「むむ」と思ったこと。

どんな仕事をふっても、必ず期限を守れないので、「この仕事は期限内にできる?」と聞いたら、「それならルーティーンワークだからできます」と返ってきた。
そういう意味で使う人が多いのかもしれないけど、「ルーティーン」って僕の中ではもっと高尚なものなのだ。

例えば、あるテニス選手がどうしても前のプレーの失敗を引きずってしまうので、ゲームが切れるサーブのタイミングごとに「リセット」とつぶやくルーティーンを決めた。
すると、その言葉自分に言い聞かせるような言葉となり、しっかりと切り替え、集中力が高まった。同じような有名な例だと、イチローがやたらルーティーンに拘るのはみんな知ってると思う。スポーツの例がわかりやすいから、スポーツをガッツリ真剣にやってた人はわかりやすいと思うのだけど、これはもちろん何にでも適用できる。

僕の場合は上記のようなコンセントレーションのために使う場合もあるし、その他、できなかったことを反復練習するということもルーティーンワークだと思ってるから、どっちかと言うとやるべきなかなかできないことをルーティーン化することが物事を処理する極意に近いんじゃないかともっと幅広く捉えている。

だから、ルーティーンワークならできます、とかなんか言葉を軽く使われると、なんかなあ、違うんだよなあ、と思ってしまうのだ。

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