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2013年12月21日土曜日

僕が海で泳ぐことから離れた理由

海辺で暮らすのをやめて数か月が経った。
よく「泳ぎたくならないですか?」と聞かれる。
泳ぎたくなりますよ。
そして、そんな時は泳ぎに行ってますよ。
でも、それは練習としてではなく、楽しむため。
だから、頻度はすごく少なくて、そん時だけ行けば良い。
今の家からも小田急一本で江の島まで行けるからね。
会社のプールで満足したりもするし。

僕はものだったり、場所だったり、固執してしまう方だから、
だからこそ、環境はなるべく思い立った時に変えるようにしている。

同じことを継続することは美徳として語られる。
確かに、自分でも満足感、充足感を味わったりする。

でも、ある時から考えが変わった。
昔と同じように今日も頑張ったと今でも悦に入ったりはするんだけど、
ただ頑張れば評価されるなんていう低次元な評価の仕方はもうやめにした(つもり)。

結果を出せなくても、小さいころから刷り込まれた「夢は叶う」という呪縛からいつしか、頭ではわかっていても、同じ場所でやり続けることが目的化する。
自分の努力を正当化して、間違った努力に気づけなくなる。

今年、カタリナ海峡を渡りきれなかったことは、
ほんとしょぼかったと自分で思う。
慢心と気持ちの弱さという自分の弱点が露骨に出た。
かと言って、再チャレンジあるいは別の海峡を渡ることで、得るものがあるかというと、ドーバーを泳いだ以上、それ以上のものが得られるとはあまり思えない。
だから、海峡を渡ることを目標にし続けること自体は間違いとは思わないけど、自分にとってそれが正しいかと言われると、答えは「No」だ。

時間という資源は、死に向かって減り続けていく。
可能性は無限だという人がいるけれど、人生は有限。

自分に残された時間を充実して過ごせるように
努力の方向を間違えた時、なるべく早く気づけるようでありたい。
と、誕生日に思います。

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