今までは自分でうまく表現できないのと、わかってもらえない諦観から適当にごまかしてた。
でも、北極にだけ行き続ける荻田君からの一言にガツンとやられた。
『「同じところに何度も行くと飽きる」なんていう発想は、通りすがりの観光客が発する言葉だ。 観光地の表面上取り繕ったところだけ見て、「ふーん、あっそう」で帰ってくるのか、一ヶ所に惚れ込んでとことんまで追求するのかの違いだ。「私は世界中の○○カ国旅行しました」なんて自慢したって、「じゃあそこで何を見て、何を感じて、どう思ったんだ」と聞かれて何も答えられなかったら 何の意味も無い。』
スミマセン。
めんどくさくて「どうしてそんな僻地に行くの?」って聞かれると、「同じところに何回も行ったら飽きるでしょ?」なんて言ったりしてました。。。
しかし、おっしゃる通り。
でも、彼と行動の原点になる思いは共通してる気がする。
自分の行動する理由は、「芽生えて」くるのであるんだよね。
ただし、
めんどくさくて「どうしてそんな僻地に行くの?」って聞かれると、「同じところに何回も行ったら飽きるでしょ?」なんて言ったりしてました。。。
しかし、おっしゃる通り。
でも、彼と行動の原点になる思いは共通してる気がする。
自分の行動する理由は、「芽生えて」くるのであるんだよね。
ただし、
『彼は初期の「変身願望」にやがて「好奇心」がプラスされていった。 そして今、あらたに自分の中に感じている衝動は「社会性」かもしれない。』
とのこと。
僕より先に彼は次のステップに入ったんだな、って思う。
冒険という行為は単なる自己満足の延長であると思う。
ドーバーを泳いで渡ろうが、エベレストに登頂しようが、北極点まで歩こうが社会に対してはなんの影響もないことで、「やったぜ!」 なんて胸を張ったところで「小学生が道路の白い所だけを踏んで家に帰る」のとさしてかわらない、自分の手が届く範囲の世界だけで話は終わってしまう。
でも、自己満足だから悪いということは決してないんだ。
世の中の多くのことは自己満足から発生していることなのだから。
何かの行為を行い、自分の中で完結させて人生の糧にするということは大切なことだ、とある種自己弁護的だが今でも思ってる。
それが仮に他人にしたら何の役に立たないと思うものであるとしても。
新しい景色を目にする事、すなわち、人生の引き出しを一つ増やす事は必ず生きる上で糧になる。
そして、自己満足の世界でやることだから、極力自分の力のみを頼りたい。
周りからスポンサーを募ったりすれば良いのに、なんて言われるといつも言葉を濁してるのもそういうところ。
端的に言えば、「自己満足だから、自己資金で全部やるのだ」
本番までの練習やコンディショニングは自分で設定してこなしていくし、
本番の補給食だって市販品を使うんじゃなくて、自分で原材料から作りたい。
本当は身につける水着やゴーグル、体に塗るグリース、その他必要になるものも全てできることなら自分で作り出したものだけで行きたい。
だからね、Ustreamで流すなら昨年自分が開発して発売された製品(ネットワークカメラ)を持って行こうと思ってる。
自己満足だから自分が満足できる妥協ラインを越えていかなければやる意味がないのだ。
こういう自己満足の思いに端を発する行動を否定する人ってよく居るけど、そういう人の話を聞くと、話しの帰着先は「愛」とか「勇気」とか「感動」とか耳触りの良い言葉で偽装した自己顕示欲を感じることが多い(多分に思い込みが入ってます)。
一方で、荻田君は今までの思いはそのままに、それに「社会性」がプラスされたんだと言う。
純粋にすごいなって思う。
社会では(特にメーカ内の製品開発の現場などでは)定量的なデータや論理的な言葉が個人の感情・感覚よりも力があると思われがちだけど、いろんな価値は、 個々の主観で考え吟味して選べるものだと思うんだ。
アップル製品なんか良い例だよね。
誰かが求めてることだけじゃなく、自分が大切にしたいことを社会と結び付けて具現化できることって凄いんだ。
でも、無理に自己満足の枠を凌駕いていくように思いをこじつける必要はない。
思いは芽生えてくるものだから。
出発まであと190日。
とのこと。
僕より先に彼は次のステップに入ったんだな、って思う。
冒険という行為は単なる自己満足の延長であると思う。
ドーバーを泳いで渡ろうが、エベレストに登頂しようが、北極点まで歩こうが社会に対してはなんの影響もないことで、「やったぜ!」 なんて胸を張ったところで「小学生が道路の白い所だけを踏んで家に帰る」のとさしてかわらない、自分の手が届く範囲の世界だけで話は終わってしまう。
でも、自己満足だから悪いということは決してないんだ。
世の中の多くのことは自己満足から発生していることなのだから。
何かの行為を行い、自分の中で完結させて人生の糧にするということは大切なことだ、とある種自己弁護的だが今でも思ってる。
それが仮に他人にしたら何の役に立たないと思うものであるとしても。
新しい景色を目にする事、すなわち、人生の引き出しを一つ増やす事は必ず生きる上で糧になる。
そして、自己満足の世界でやることだから、極力自分の力のみを頼りたい。
周りからスポンサーを募ったりすれば良いのに、なんて言われるといつも言葉を濁してるのもそういうところ。
端的に言えば、「自己満足だから、自己資金で全部やるのだ」
本番までの練習やコンディショニングは自分で設定してこなしていくし、
本番の補給食だって市販品を使うんじゃなくて、自分で原材料から作りたい。
本当は身につける水着やゴーグル、体に塗るグリース、その他必要になるものも全てできることなら自分で作り出したものだけで行きたい。
だからね、Ustreamで流すなら昨年自分が開発して発売された製品(ネットワークカメラ)を持って行こうと思ってる。
自己満足だから自分が満足できる妥協ラインを越えていかなければやる意味がないのだ。
こういう自己満足の思いに端を発する行動を否定する人ってよく居るけど、そういう人の話を聞くと、話しの帰着先は「愛」とか「勇気」とか「感動」とか耳触りの良い言葉で偽装した自己顕示欲を感じることが多い(多分に思い込みが入ってます)。
一方で、荻田君は今までの思いはそのままに、それに「社会性」がプラスされたんだと言う。
純粋にすごいなって思う。
社会では(特にメーカ内の製品開発の現場などでは)定量的なデータや論理的な言葉が個人の感情・感覚よりも力があると思われがちだけど、いろんな価値は、 個々の主観で考え吟味して選べるものだと思うんだ。
アップル製品なんか良い例だよね。
誰かが求めてることだけじゃなく、自分が大切にしたいことを社会と結び付けて具現化できることって凄いんだ。
でも、無理に自己満足の枠を凌駕いていくように思いをこじつける必要はない。
思いは芽生えてくるものだから。
出発まであと190日。
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