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2012年7月2日月曜日

ヒロキと呼ぶ人たち

これまでの人生、僕はあだ名をつけられることが少ない。
そしてたいていの人からさん、君などの敬称は違えど、名字で呼ばれる。

そんな中、唯一、下の名前で僕を呼ぶ人たちがいる。
小学校時代に通ったスイミングスクールの仲間やスイミングスクールは違えど、レースで競い合った面々だ。
当時、プールではみんなが下の名前で呼んでた。
学校の部活ってわけでもないから、相手が高校生であっても○○君、○○ちゃんと近所の子供らで戯れるように呼び合っていた。

僕は家族親類以外では下の名前で呼ばれることは無いことも手伝って、なんとなく、この人たちに特別な思いを持っている気がする。
人生の中で最も一つのことに注力し、打ち込んだ期間だったからだろうか。
つらい練習を共にし、レースに行くとその成果を共に喜びあった人たちへの思い入れってやつだろうか。

もう一つ、僕は小学校でスイミングスクールを辞めた。
正確には、選手コースを辞めた。
自分の意思を表現できない、親や周りの大人の言いなりだった当時の僕は、親に言われるがままに共に辛苦を分かち合っていた友と離れ、勝負の世界から逃げた。
その心のわだかまりと言うか、引け目と言うか、そういうものをずっと持って生きてきた。
それにもかかわらず、中学、高校と水泳部に入って中途半端に競技を続けた。
彼らとまた小学校の頃のように話したくて、顔をあわせたくて、でも、レース会場でいざ顔を合わせると何だか自分が恥ずかしく、ちょっと挨拶だけを交わす。
そんな、何とも言えない交流。
大学に入って、東京に出てきたこともあって、そんな思いを断ち切り、水泳部や水泳の同好会には(一緒に練習に混ぜてもらうことはあっても)、入らないと決めた。
そして、彼らとの交流は絶たれた。

先日書いた通り、Facebookで懐かしい名前を見つけた。
スイミングスクールで、ほぼ同じペースでコースを上がって行き、しかもスタイル1が同じ背泳ぎだった一つ年上のお姉さん。
懐かしかった。
今では二児の母となり、すっかり大人な彼女は、僕の抱いているわだかまりなんて全くなく、現況を報告しあった。
ドーバーのこと、思いっきり応援してくれた。
2年に1度程度開催されてるというスイミングスクール選手コースの集まりに誘ってくれた。
嬉しかった。

僕の中では二十数年来のおっきなわだかまりだったけど、ちっぽけなこんなこと。
ドーバー出発20日前に解消した。
心晴れやかに行ってこようと思います。

彩ちゃんありがとう。

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