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2014年5月23日金曜日

山ちゃん会

僕が湘南から山の方へ引越したのと入れ替わるように、
2年半くらい前にOnEdrop cafeの日本酒ナイトで知り合って以来仲良くしてもらっている料理上手な姐さんが、つい最近都内から鎌倉へと居を移した。
そして、都内でやっていたように姐さんの料理を楽しむ会@鎌倉。

ビールからスタートして、


*三崎まぐろと伊豆柑橘のシーザーサラダ *そら豆ロースト ローズマリーの香り *初夏のラタトゥイユ  *にんにくおばさんの芽と鶏ナッツ炒め *鯵 *ボクサケ酒粕トースト *本日鮮魚のアクアパッツァ *イベリコ豚 *独活とブルーチーズリゾット

というラインナップ。













そして、それぞれが飲み物を持ち寄るのがルール。
それぞれお酒には一家言ある人ばかりの集まりなのでおもろい酒が集まる。
僕は先日瓶詰したばかりのボクサケ25BYを。



今までの自分にとって、あまり属することのなかった種類の集まりなんだけど、
それが新鮮で楽しい。

しかも美味しいもんがいろいろ食べられる、ときてる。

この心地よい空間は、ホストの性格と人格が色濃く出ているんだろうなあって思う。
隣で呑んでた友達が、

「やまちゃんといっしょにいると、自然と自分の引き出しがぱかぱか開いていくのがわかって楽しい」
と言っていた。

それに答えて山ちゃん。
「あなたの引き出しが開いていくのは、
あなた自身が私に心を開いてくれているから。あなたが私の新たな一面に気づくのは、私が自然体でいられる相手だから。」



酔っぱらいの言葉でも、時に美しい。

思えば、
パリマラの本多さんしかり、
モンゴルツアーの伊藤君しかり、
そのコミュニティーの雰囲気はリーダーの人格が自然と反映されて、集う人々の傾向もそこにあらわれる。
自分もひょうたんぼに集まるみんなにとって、心地よい時間と空間と思ってもらえてるといいなあ、と思う。

2014年2月14日金曜日

共感

荻田君のblogに非常に共感する文章があったので、抜粋。
結構長文。

『そんなにキツいのに、なんでやるの?

誰に頼まれたわけでもないのに、なんでやるの?
と聞かれるのはいつものことですが、理由ではないのです。
「誰に頼まれてもいないのに、何で生きてるの?
 生きるのってけっこうキツいし大変でしょ。
 だったら人生やめちゃえば?」
と言われてるようなものです。

僕は自分の道を歩きたい。

その道とは、人の人生であったりとか、生きるという根本的な道な気がします。
歩く限りは、この道がどこまで続いているか、ずっとずっと先まで見てみたい。
歩く速度を速くするには、もっと成長する必要がある。
足を速くする必要がある。

足を速くするには、トレーニングが欠かせない。
成長を望むなら、あえて自分に課題を与えて、乗り越える訓練をする必要がある。
僕は北極に行くことが目的なのではなくて、実は目的は「道の先まで見てみたい」と言うことなのかもしれません。

人生という道をどこまで先を見れるか、その目的のために、北極という手段で自分自身の成長を図る。

そうすると、道の途中で大きな岩が通せんぼしている。
いま僕の目の前にある大きな岩は、北極点という岩。
道を進んで行くには、この岩を越えて行く必要がある。
決して、岩を乗り越えたいわけじゃなくて、あくまでも道を歩きたいだけ。

北極に行く理由は、こうとしか表現できないのです。』

自分にとって、共鳴する人というのは、突き詰めると同じ思いで、同じことをしている気がする。
ただ、その手段が、北極であり、未踏査の峡谷であり、未踏峰であり、超長距離のランニングであり、海峡横断であり、格闘技であり、ラグビーであり、、、と違うだけで。

『恐怖心と、不安感と、緊張感と、少しの期待感がゴチャゴチャに私のなかを行ったり来たりしています。

これから「北極」という大きな自然のなかへ入り、自然と対峙するわけですが、あくまでも闘う相手は自然ではありません。

人間は、自然には敵いようもありません。
自然に闘いを挑んでも、勝てるわけがないんです。

闘う相手は自分自身であり、折れそうな心をどうやって保ち続けるか、緊張感のなかでどうやって自分を制御して冷静に判断して行くか、メンドクサクなって手を抜きたがる自分を鼓舞してどうやって段取りを守って事故を防ぐか…。

言葉でいうのは簡単ですが、

極限に寒く、
常に死のリスクを抱えた緊張感を抱え、
毎日体力の限界近くまで自分を追い込み、
体も精神もボロボロになって行くなかで、
あくまでも客観性をもって自分自身をある一定の状態に保ったまま、
自然と対峙して行くということは、かなり厳しいものがあります。

それをやりきれるのだろうか?自信はあります。

経験も積んできました。
技術も磨いてきました。
知識も身に付けてきたつもりです。
だからこそ、自分にはやれるという想いがあります。

その一方で、

途中で突発的なアクシデントに出会い、
危機的状況になった時に対処しきれるのだろうか?
死にたくはない!
できることならいますぐ逃げ出したい!
そんな気持ちもあります。

心はコロコロ動くから「こころ」なのだといいますが、まさに今の私の心の中は、あらゆる想いが行ったり来たり、複雑に揺れ動きながらも大きなベクトルは「北極点」に向っています。』

北極の場合は、現地適応に1ヵ月ほどとるから、日本を発つのはチャレンジの1ヵ月前ということになる。
僕も泳ぐ1ヵ月前くらいがいつも気持ちが押しつぶされそうになるような感じのピークで、そこから徐々に集中して解き放たれていく感覚だった。
勝手な想像だけど、特攻隊の若者たちがすっきりした表情で、死へ向かって飛び立って行ったのもそんな感覚だったんじゃなかろうか。

今は、そんな風に思います。

2014年1月24日金曜日

壮行会!



昨日は、さすが日本唯一の北極冒険家の壮行会、という感じで冒険家、探検家濃度の濃い集まりだった。
乾杯の音頭は、わざわざ広島からやってきた、科学界のインディ・ジョーンズ、長沼毅さん。
一番前に陣取って、しきりに野次をとばす、サバイバル登山家服部文祥さん。
今回持って行くというカヤックの道具説明で登場したグレートシーマンプロジェクトのシーカヤッカー八幡暁さん。

2017年南極を目指してる阿部雅龍さん。
その他、野宿野郎のかとうちあき、山と渓谷社、Be-Palの方々などなど。。。

会場見渡しても、スーツよりもアウトドアウェア率の高さが際立つ会だった。

その分と言うか、何と言うか、すごく気持ちよい空間だった。
傍から見ると、今年の氷の状態はどうなのよ?とか装備の説明してよとか、それぞれが興味の対象を会場で一番詳しい荻田君に話をただ聞く感じ。
でも、恐らく、ビッグチャレンジの直前の時期の気持ちなんかもみんな実体験としてわかってるから、うまく言えないけど、その上で普通に接してる感じ。
それぞれがいろんなフィールドでそれぞれの実体験や経験値を持ってる猛者ばかりだから、新たなアイデアだったり、盲点なんかが出たりするかもしれないと、激励の代わりにしている感じ。

その中でも、口を揃えて皆が言うのは、同じ状態で戻ってくるということが最大のミッションだから、ということ。
巷でお約束みたいに「家に帰るまでが遠足だから」みたいな言い方がされたりするけど、ホントに切実にそうで「生きて帰る」というのが第一優先になる。
同じ言葉でも、世界の厳しいと言われる自然環境で自分を試している人の言葉は、その言葉に込められた重みというか、凄みがあるというか、語る時の空気感がやっぱり違う気がする。
多分、その背景には、異なるフィールドでチャレンジしてる人でもその凄さをちゃんと認めることができて、敬意がちゃんと込められているからだと思う。
そういったことやうまく表現できないこと、全部ひっくるめて、すごく刺激的でいて心地よい空間だった。

2013年11月18日月曜日

刺激をもらった週末

年初に払うはずになっていた三芳菊の頒布会の支払い、予定がかみ合わず、ようやく週末に済ませた。
お店に伺ったので、馬宮さんと久々にゆっくり話す。

このところスペインに仕事で行っていて、いろいろと話をしてきたらしい。
今後のことだから書けないけど、新しいことを始めようといろいろ準備を始めたみたい。

話を聞いてると、なかなか大変そうで長期スパンの話だけど、できたらすごい楽しそう。

翌日、大磯市でささおさんとこちらも久々にゆっくりお話した。
どんどん進化している、紙わざ。
「止まってたら終わりですからね」
すごく飄々としてるささおさんがポツリと言うと、なんだかより突き刺さる。

大磯まで出たので、久々に山縣さんのうどんを食べに行く。
ずいぶんと顔を出さなかったのに、律儀に約束だからとご馳走になっちゃいました。

スミマセン。
オープンして半年。
「あっという間に半年ですよ~」と言われていたけど、おっしゃる通りまだ夢中で過ごしてる最中なんだろうな、とその表情から思う。
そんな中、先日から夜営業も開始して、ますます忙しくされてる。

ドーバー、カタリナだけを見据えて過ごしてきたここ数年。
アメリカから帰国してはや三か月。
ぼんやりしてると、今仲良くさせてもらってる活動的な方々から取り残されちゃうな~、と刺激をもらった週末。

2013年2月25日月曜日

とーきょーまらそん

天気良かったけど、風がすんごい強くて寒かった。。。。
僕は基本的に人のレースの応援に足を運ぶということは少ないんだが、知ってる人がいっぱい出るので東京マラソンの沿道応援へ。
以前は、田町の往復コース上で2回応援して、日本橋あたりの往復で2回応援して、と結構頑張って移動してた。

でも、そこまでする気力は無かったので、今年は動かずゴールで待ち受ける。
今年から出場者数が更に増えて、すごいことになっちゃってたみたいだけど、3時間くらいまでのランナーの数はいつも通りな感じだったな。

陸上出身のトライアスロンチームの後輩たちは、
エリート枠で出てるうらは2:22。
3秒ベスト更新らしい。
その他後輩は洋介2:55、金兵3:03。

一方、パリマラの面々は、
練習してないからと、4'30のイーブンで行くと宣言してた玉川さんだけど、金兵君より前に来てちょっとびっくりした。
羽根田さんは3:26と自己ベスト更新。
このコンディションで5分以上の更新とか。
皆あのコンディションで頑張ってましたな。

1位の外国招待ランナーから羽根田さんのゴールまで見届けると、ビッグサイト内を探索。
でも、誰も知り合いを見つけられず、退散。
そして、犬伏さんが阿波踊りを披露するという銀座三越前へ。

銀座、すごい人だった。
隣の兄ちゃんが、誰彼かまわず「ナイスラン」と声かけてたけど、半分くらいしか走ってる人いないのにナイスラン?と内心戸惑ってました。
しかし、3時間くらいまでで走るランナーを見届けてきた後だけに、何だかホントにレース中なのか、違う競技か、と思ってしまった。
多分、そのあたりの人たちは6時間半~7時間ギリギリを狙った完走目的ランナーなわけだけど、あれでマラソン完走したって言われてもなあ、、と思っちまう。
足が曲がらない感じで苦しんでる人を見て、沿道の人々は「足痛そうで、かわいそう」と言うけれど、いや、ここであんなんなっちゃうって、あきらかに体調不良か練習不足でしょ、、、
そして、
「みんなすごいね」
「たいしたもんだ」
「感動するね」
と口々に言う沿道の人々。
凄い違和感。

何も知らない子供の頃、マラソンは凄いと思いましたよ、僕も。
でもさ、制限時間7時間のレースなんてその頃なかったからね。
あ、ホノルルは制限時間ないか。。。
でも、たいてい制限時間は5時間くらい。
コーナーが多いけど下り基調の東京のコース、7時間で42kmって早歩きで間に合うから。。。

2012年10月20日土曜日

山田さんパスタ祭り

料理激旨ライターにして、どよう酒場と称して時折お店を出している山田さんから、「パスタ祭りをするからお腹をすかせて来てください」とご招待いただきました。

さて、メニューがこちら。


見てもなんのこっちゃですが、唯一「浅井くん酒粕のマカロニグラタン」だけわかります。

はい、ボクサケ酒粕を持って行って、激旨ホワイトソースにしてもらって、タマリさんの野菜も入れて美味しくグラタンになりました。
そして、ボクサケに合わせていただくという贅沢。

さて、グラタンのみ先走りましたが、以下、順番に行きますです。

Antipast 一品目「ひょうたんかぼちゃのニョッキ だご汁仕立て」

だご汁仕立てですが、上にはバジル。

Antipast 二品目「自家製ツナとラデッシュ、人参抜き菜の冷ファルファーレ」

これ食べて、今度うちでもマグロの脳天で自家製ツナ作ろうと決意しました。

Prime Piatte一品目は「鮎苦うるかと焼鱧の葱茗荷ソフリート パクチー添え」
と見せかけて、鱧を入れ忘れたのが出てきました。



でも、うるかだけで十分美味しい。。。
続いて、「タマリさんオマージュ 高知野菜ラグー コンキリエリガーラ」



インゲンの食感がなんだか凄く良いアクセント。

ここで、鱧を入れ忘れたことに気づいて、白焼きで。
特大サイズのオクラと共に。

鱧入れ忘れに動揺したのか、なぜか予定になかったキノコのパスタが登場。
美味しかったら、何でもOK。
もう皆出来上がってきてますしね。



順番入れ替わって、Second Piatteから「肥後馬モツと牛蒡のトマト煮込みフィットチーネ」が登場。



戻って、「ミートソースガパオ No.12」



〆は、「平飼い鶏のカルボナーラ」。


いやあ、スタートからメイン、〆までパスタ尽くし。
堪能しましたぞよ。
ごちそうさまでした。

2012年10月15日月曜日

本多GH歓迎会

ドーバーを泳いでから80日。
あの日、フランスからドーバーのハーバーに戻ってきてから、翌日の仕事やダボスへの移動のため慌ただしくロンドンに戻られた、久保田さんと本多さん。
今回、本多さんが来日されるとのことで、80日越しの祝杯をあげるため八重洲に赴いた。
その80日の間に本多さんは見事、ダボス、UTMBと2つのトレイルレースを完走。
むしろ本多さんのお祝いのが多いのでは?という感じですが、東京にて祝杯をあげられてうれしい。
高須さんセレクトの鉄板焼き屋も美味しかった。

僕は、人間関係って男意気だと思ってる。

例え、友達と呼べる人が少なくても、相手に通じる思いを持つこと、この人のためなら一肌脱ごうという思い、その上に成り立っている人間関係だけで十分だと思う。
だから、泳ぐ直前のパディントンで打合せの席で「日程あえば船に乗りますよ」とさらっと言ってくださった本多さんとは、しっかり祝杯をあげたいと思っていたのだ。


そして祝杯をあげられていないのはあと一人、久保田さん。
今度日本に戻られるとき、是非、祝杯を。

2012年10月10日水曜日

ワールドゲームズ

ワールドゲームズって知ってます?
オリンピックの補完的な意味をもって行われる1981年に始まったスポーツ競技会で、夏季オリンピックの翌年に(すなわち4年おきに)開催される。
かつては野球やソフトボール、トライアスロンなんかもここからオリンピックの正式競技へと格上げしていった。
来年は7/25-8/4にコロンビアのカリで開催される。

行われるのは、公式競技として
エアスポーツ、アーチェリー、ビーチハンドボール、ビリヤード、ブールスポーツ、ボウリング、カヌーポロ、スポーツクライミング、ダンススポーツ、フィンスイミング、フィストボール、フライングディスク、体操、柔術、空手、コーフボール、ライフセービング、オリエンテーリング、パワーリフティング、ラケットボール、ローラースポーツ、7人制ラグビー、スカッシュ、相撲、綱引、水上スキー。

公開競技として
カヌーマラソン、デュアスロン、ソフトボール、武術

エアスポーツとかやってみたい。

日本落下傘スポーツ連盟って名前も良いよね。
フィンスイムもなあ。

スイミングやめてすぐに会員になって通っていたプールで誘われたモノフィン。
20年くらい前だからそん時から続けてたら結構いいとこ行けてたかも、とか思ってしまう。

オリンピックになることでメジャースポーツになっていくという傾向があるから、これらのどの競技も始めるには今、という競技が多いと思う。

けどね、どの種目も裾野が広がっていて、意外と競技人口そこそこ居て、ゼロから始めてすぐに頭角を現すのはやはりポテンシャルの相当高い人たちなんだよなあ。

で、公開競技の一つデュアスロン。
後輩のうらが先日世界選手権10位になり、ほぼ内定らしい。
大学卒業してもう10年、競技に専念してきてる。
本人も言ってるけど、まだまだ伸びしろはある。
選手生活の終盤に差し掛かっていることは間違いないと思うけど。
ここんとこどの競技も選手寿命伸びてるし、元々選手寿命は長い競技と言えると思うから。

なんて唐突なことを書いたのは、今年、うら、妹尾君と強い後輩たちの結婚式が続いたから。

彼らの学生時代やそれ以降の戦歴が表示されるのを見て、純粋にすげーって思う実績だった。
お祝いの場では中本や岡沢君などの学生チャンピオンと久々に会ったりして、改めて、もうちょっと真面目に学生時代トライアスロンに取り組んでたら良かったかな、としょうもないことをふわふわと思っていたのでありました。

伝説のトークライブ会場にて

恐るべし、自称、非バトルタイプ伊藤氏の集客力。
阿佐ヶ谷ロフトAに前売りで90名、当日で30名ほどの人が集まったとのこと。
著作自体も、4刷で13000部を超えたらしい。

19:30開始のイベントだから、2時間くらいでちょっと伸びて22:00終わりくらいかなと思ってたら、23時過ぎても終わらない。。。
終電に乗るために途中で失礼した。
家に1:00頃だった。
今日の朝一の会議、眠いし、何の準備もできなかったしでぐだぐだだった。。

しかし、昨日は結局何時に終わったんだろうか。。
一部が予定よりも相当押していたみたい。
伊藤先生、時間配分をもう少ししっかりお願いします。
やっぱ、平日に阿佐ヶ谷は遠かったね。
次の日休む予定で行かないと阿佐ヶ谷はちょっときついな。

さて、伊藤氏の話。
モンゴルツアー参加で知り合って以来、ゲルキャンプ、ブロック塀壊し、うどんうち、うちの田んぼの田植えなんかでいろいろと話を聞いてるから聞いたことのある話がさすがに多い。
ハーゲンダッツで肌荒れネタ、受けてましたな。
ボーナスの話は初めて聞いた。
文筆業は人間の設計図に反する行為だから、文筆業者は短命なのではなかろうか、という論はなかなか面白かった。
必要ない仕事をわざわざ生み出して、資源を無駄遣いしているという話は常々自分も思っていること。

伊藤君は別に自給自足を目指してるわけではないと言っていたけど、自分はその資源を無駄遣いして無駄なものを生み出すことが無いように自分の必要なもんを必要なだけ自給する、という志向でちょっと違うけどまあ近いよね。

一方のPhaさん。
「D」についてはわからないではないけど、自分の感覚とはちょっと違うかなと感じた。
でも、死生観のインタビュー記事を読むと、人生死ぬまで暇つぶし、人生に意義はないけどそれまでいろいろと好きなことやって暇をつぶしたらいいじゃない、とか他人って結局、取り替え可能という考え方なんかは近いかな。

それから印象に残ってるのは、米田さんの言ってた文章の対価の話。
書物からWebマガジン、メルマガ、と価格破壊が起こってるという話はちょっと考えさせられた。

そう、自給自足の生活に入った時にうまくいかない保険として何か実入りがありそうな仕事を考えておかねばと思った時に、妙に最近知り合いに増えている文筆業というのは候補の一つだったから。
だから、これからは文章は自分のビジネスのために使うものになっていくだろうという話しにう~む、そうなのか、となったのだった。

旦那がニートだと語り、質問してた方「この二人のお話が聴けて夢のようだった」
というコメントには夢のようって、、、と思ってしまったのだった。

2012年9月17日月曜日

ライブ

逸見君率いるジルバのライブに行ってきた。


去年の7月以来だから、結構久しぶり。
しかも、前回は挨拶できなかったから会ったのはソロで活動してた頃の7年前の高円寺のライブ以来。
多分、高校水泳部の中でも好き勝手なことをやってる方の二人だからか、お互い変わんないね、というのが第一声だった。

荻窪時代のあそび仲間で東京タワーの電球を換える仕事をしてるという方に逸見君が僕を紹介してくれたんだけど、
「高校の水泳部で、メドレーリレーの第二泳者(僕)で、僕が第三泳者」
っていう紹介もなんか久々に思い出して良かった。
1年の秋から、メドレーリレー、フリーリレーで一緒に逸見君と泳いでた。
そっから1年はどのリレーも逸見君、石川君という1年先輩とくりも、僕というメンバーで泳いでた。
懐かしい。

さて、会場ではジルバの楽曲をイメージしたカクテルが用意されてた。
折角なので、「共犯者」をいただく。


ライブの方も、ライブハウスの客席の真ん中にセットを作って、客が取り囲むという面白い空間。
キャンプファイヤーみたいなアットホームな雰囲気で、と逸見君も言ってたけど、まさしくそんな感じ。
僕は通常ではステージの場所で観てたんだけど、ドラムのセットの後ろで聴くというなんか不思議な位置でなんだか面白かった。
5つのバンドが来てたんで、10曲と数は少ないけど、ジルバのライブに行くと、逸見君の歌声に高校時代の思い出にトリップできて、一緒に歌ってスッキリして、ガッツがもらえる。
純粋に楽しかった。
家が遠くなったから、ちょっとしゃべって失礼したんだけど、また高円寺の時みたいにメンバーの方々とも一緒に飲みにいけたらな、とちょっと思った。

後日、逸見君から名古屋、旭丘飲みやろーって来た。
年末帰省するから、誰か準備しといて〜

セットリスト:
サヨナラを告げる歌
デリバリービンテージロックンロール
KAZENINARE
国境の東
エンドロール
号外デモクラシー
スワロー
LAST BUS
-encore-
共犯者
東京ブギウギ

2012年7月2日月曜日

ヒロキと呼ぶ人たち

これまでの人生、僕はあだ名をつけられることが少ない。
そしてたいていの人からさん、君などの敬称は違えど、名字で呼ばれる。

そんな中、唯一、下の名前で僕を呼ぶ人たちがいる。
小学校時代に通ったスイミングスクールの仲間やスイミングスクールは違えど、レースで競い合った面々だ。
当時、プールではみんなが下の名前で呼んでた。
学校の部活ってわけでもないから、相手が高校生であっても○○君、○○ちゃんと近所の子供らで戯れるように呼び合っていた。

僕は家族親類以外では下の名前で呼ばれることは無いことも手伝って、なんとなく、この人たちに特別な思いを持っている気がする。
人生の中で最も一つのことに注力し、打ち込んだ期間だったからだろうか。
つらい練習を共にし、レースに行くとその成果を共に喜びあった人たちへの思い入れってやつだろうか。

もう一つ、僕は小学校でスイミングスクールを辞めた。
正確には、選手コースを辞めた。
自分の意思を表現できない、親や周りの大人の言いなりだった当時の僕は、親に言われるがままに共に辛苦を分かち合っていた友と離れ、勝負の世界から逃げた。
その心のわだかまりと言うか、引け目と言うか、そういうものをずっと持って生きてきた。
それにもかかわらず、中学、高校と水泳部に入って中途半端に競技を続けた。
彼らとまた小学校の頃のように話したくて、顔をあわせたくて、でも、レース会場でいざ顔を合わせると何だか自分が恥ずかしく、ちょっと挨拶だけを交わす。
そんな、何とも言えない交流。
大学に入って、東京に出てきたこともあって、そんな思いを断ち切り、水泳部や水泳の同好会には(一緒に練習に混ぜてもらうことはあっても)、入らないと決めた。
そして、彼らとの交流は絶たれた。

先日書いた通り、Facebookで懐かしい名前を見つけた。
スイミングスクールで、ほぼ同じペースでコースを上がって行き、しかもスタイル1が同じ背泳ぎだった一つ年上のお姉さん。
懐かしかった。
今では二児の母となり、すっかり大人な彼女は、僕の抱いているわだかまりなんて全くなく、現況を報告しあった。
ドーバーのこと、思いっきり応援してくれた。
2年に1度程度開催されてるというスイミングスクール選手コースの集まりに誘ってくれた。
嬉しかった。

僕の中では二十数年来のおっきなわだかまりだったけど、ちっぽけなこんなこと。
ドーバー出発20日前に解消した。
心晴れやかに行ってこようと思います。

彩ちゃんありがとう。

2012年7月1日日曜日

ルーツ

近頃、Facebookで懐かしい再会が続いてる。
小学校の頃スイミングスクールで一緒に練習してた人々。

吉田拓郎がかつて歌ったように、
「おやじが全てだなんて 言いませんよ
 僕一人でやったことだって 沢山ありましたよ
 〜」

そう、僕一人でやったことの方がずっと多い。
そう思って生きている。

でも、スイミングスクールの選手コースに月謝払って通わせてくれたのは両親であり、悔しいけどそれがいろんなことのルーツになっている。
それを認めたくないから、名古屋にもあまり帰らず、自然とその頃の同士とも連絡を取ること無く過ごしていた。

でも、Facebookでつながった。
めっちゃ懐かしい。
写真はずっと大人になったけど、自分の中ではみんな小学生の頃のあのイメージ。
合宿中にカブトムシを採りにいったのが見つかって夜通し正座させられたこと。
納豆が食べれなくて、朝飯居残りで泣きながら食べたこと。

2年おきくらいに集まってるらしい。
次回はチャネルスイマーの称号を手土産に参戦するのだ。

2011年12月24日土曜日

前へ

「夢や目標が叶う、達成出来るって本当に嬉しい事です。
でも、終わりという切なさもあります。」
と、ふじめぐさんがこの前言ってた。 

言ってた言葉全てに共感。



学生時代の終わり、
格闘技がしたくなり、新大久保のサンボ道場の門を叩いた。
そこには既にサンボでは唯一無二の存在、藤井惠さんがいた。
この人、30才で総合格闘技の世界に足を踏み入れ、ここ数年で始めた頃の夢がどんどん叶っている。 


1.連勝記録を作る事->2010年に達成
2.階級別でも、パウンドフォーパウンドでも世界一になる事

->昨年 初めて負けるまで 長い間その位置にランクインされてた
そして、大きくあげれば3つめの最後の目標、
「大晦日、さいたまアリーナで試合をする事 」
->遂に先日発表されて女子のカードが1試合だけ組まれた。

すげえんだ、この人。



本人曰く、
「子供の頃、夢 叶えられなかったから 
夢が叶うって不思議。
嬉しい気持ちだけじゃないんだね。。 
長い時間がかかったけど、それが知れて良かったな。」

僕もずっと、水泳でもトライアスロンでも二流、いや三流の選手だったから、すっごい共感。



「人間は後悔しちゃう生き物だけど、
自分の心で決めて
口に出して
行動したら
全部受け止めて糧にしなくちゃ
間違っていなかったと信じて進むしかない
信じれば救われる
信じなきゃ始まらない
信じなきゃ道は出来ない 

成した物事の大小じゃなく
そこに愛や想いがあるかが大切なんですって

そう思うと
今までやってきた事
これから何をするのにも自信が持てますよね。。

何があっても
他の誰でもなく
自分が決めた事

自分から逃げず
自分に嘘付かず

最後まで
夢のランク落とさず
志高く
胸を張っていたいものです。」



2011年の終わりにぐっと気持ちがこもる刺激をもらった。
ありがとう。

2011年11月6日日曜日

いじーさんの結婚祝いに行ってきた

大学時代の後輩の結婚。
横浜でのお祝いに行ってきた。
ここ最近、家庭人になってる人が多いから久々に会う人多し。

いつも通り、労力がうかがい知れるビデオレターが流され、感心する。
新郎作成の生い立ちスライドには
自分の撮った写真がかなり採用され、
一緒に行ったいろんなイベントも採用され、
懐かしく振り返る。

結局写真をほとんど撮らず、主役が写った写真が一枚も無かったので、
恐らく何年に一度かしか無い西山氏のうれしそうな後姿でも。。

ま、新郎新婦とはこれからも
ハチ公に跨ったり、
たらいで沈したり、
ママチャリ耐久したり、、、、
するだろうから、またその時にでも写真を撮りますです。

あ、26日のママチャリは行けなくなったんだった。。。
代役まだGETしてません(私信)。

2011年7月11日月曜日

クールビズ

知人が、
クールビズとズボンのすそをまくった。
すね毛を剃ってた!

実に、くだらない。
あんたトライアスロンシーズンで毎年剃ってるでしょ!

でも、くだらない事を笑える大人で在りたいと思う。

2011年5月23日月曜日

驚きの共通項

最近、Facebookでの滞在時間が長い。
で昨日、「ニンジャマスター2さんとxxxさんが友達になりました」とウォールに流れていた。
ん?どっかで見たことある名前。。。。
ちょっと覗きにいってみると、おぉ、高校の硬式野球部の同級生じゃないか。
意外なとこでつながっとんなあ、と思ってホームページにとんでみると、どうも岡山で棚田の保全と古民家再生などなどを集落支援員としてやってるらしい。
棚田、古民家、、、松代での僕のやってることとめっちゃ近い。
片や、全然関係ないサラリーマンが勝手に行ってやってるのと、片や、仕事も自然エネルギーや省エネルギーをビジネスとしていて、公に派遣されてやってるという大きな違いはあるが。。。
どうやら、ニンジャマスター2さんとは田舎の再生みたいな活動に関して共通の友人を介して一度あったことがあるということらしい。
むぅ、興味津々ではあるが、高校時代全く接点なかったからなあ。
と、僕にも人並みに逡巡する程度の相手を慮ることはできるが、やっぱ興味が勝つよね。
ちょっくらメッセージを送ってみよう。
ホントは春先の野焼きが見たかったが、もう終わっちゃったみたいなんで、お盆休みあたりに様子を見学にお邪魔できたらと思ってたりする。

今年のお盆休みは忙しそう。
岡山に棚田見学行って、香川でも田んぼを見て、高知で空き家を見に行って、愛媛でミカン畑を手伝い、新潟の枝豆を収穫する。
ちなみに8月頭は五所川原の立佞武多も観に行こうと企んどる。
8月、かなり移動多そうですな。

2011年5月3日火曜日

GWは友人宅にお邪魔する

というわけで、帰省に際して友人宅を2軒訪問。

まずは、高校時の部活での戦友くりもさん家へ。
今年に入ってJr.誕生ということでお子様激写。
このblog、検索にはかからないようにしてるから大丈夫とは思いつつ、本人のご了解を得ていないので、顔もはっきり判別つかなそうなこの1枚。
いやあ、3ヶ月にしてはえらくしっかりした顔をしてた。

さて、もう一軒は大学時研究室の同期の新婚家庭へ。
転勤族の彼は今名古屋。
年賀状をもらって実家のすぐ近くに住んでることがわかってびっくり。
今回のお宅訪問となりました。
奥さんの手料理を頂きながら、新婚旅行で行ったというイタリアの映像を見せてもらう。
ちょうどここんとこ仕事でミラノに行ってたこともあり、話かみ合う。
話によると静岡に戻った研究室同期も結婚したらしく、その話をねたにまた一談義。
そちらの新居にも今度行かねば、と思った友人のお宅訪問シリーズ。

2010年9月4日土曜日

驚きの縁

高校時代の同級生でアウトサイダー 70-75kgトーナメントで勝ち残っている柔術家が居ます。
彼は、実は弁護士で「戦う弁護士」としてリングに立ちつつ、都内で弁護士法人を経営してたりします。
そんな彼が、本を数冊出してるそうなのですが、その本を手がけたデザイン事務所の方と先日遭遇しました。
と言っても、先月頭で随分前になるのですが。。。

いやあ、びっくりしましたね。
実際はお会いしている時は全くそんなことは知らず、
日を改めて、お礼のメールをいただいた時にホームページのURLが書かれていて見に行った所、最近デザインした本の1冊として書かれていたのです。

不思議な縁は不思議な感じでつながっていくことが多い気がします。

2010年7月2日金曜日

30分後

番組開始です。

NHK BS2にて全く別の知り合いが2組、
マリンダイビングというくくりで呼ばれて
出演します。

水中結婚式と
ウォーターロックラグビー

どっちもとんがってます。