さっき、FBに昨日の三戸浜の海で11月なのにクラゲが出たり、あったかくておかしい旨の書き込みをした。
ふと、ブログの下書きにずっと入っていた2007年3月に書いた文章を読み返した。
5年以上が経ち、結局何も変わってないなって思う。
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今年の暖冬はエルニーニョ現象に起因すると言う。
多くの人はそれを聞き流す。
でも、エルニーニョ現象って昔は10~15年に1回のサイクルだった。
今年は、前回のエルニーニョ現象から4年。
年々このサイクルが短くなっている。
あまり知られていないが、今年の初め乾季のはずの東アフリカで大雨が降り、大洪水の被害をもたらした。
世界中のどこかで最近あまりにも天災による大被害があるため報道すら少なくなってきている。
「地球温暖化」って言葉、僕らが小学生の頃から叫ばれ、注意喚起が促されていたと思う。
そして、「エルニーニョ現象」って言葉も地理等の教科書で出てきていたと思う。
最近、頓に天気予報のコーナーをはじめとして災害のニュースなどで異常気象の原因として語られる。
誰しもが最近耳にしている言葉だと思う。
が、どれだけの人がこの言葉を真剣に受け止めているだろうか?
これってインターネットの普及での情報過多、ビデオによるタイムシフト化の負の産物だと思う。
多くの人がネット上に氾濫する信憑性に関しては様々なレベルの情報からその情報ソースの真偽に関わらず自分の興味あるものだけ引き出し、それ以外はシャットアウトする。
擁護する側の言い分ではシャットアウトではなく、取捨選択しているのだと言うのだろうが。
同様にビデオに録画した情報も興味のないところは早送り。
現代に生きる人たちの嗜好がこうなってしまっているため冒頭の言葉を声高に叫ぶが故に、「ああ、また言ってるね」と聞き流され、逆効果に思えてならない。
なんかね、とっても悲しいんです。
自分はそんな善人でもないし、エコと呼ばれるような活動に積極的に励んでいるわけでもない。
逆に、画像を撮影し、それをネットワークにのせて配信するっていったところの技術開発をまさにしている技術者だ。
上記のことを促進する技術をのうのうと日々開発している張本人だ。
だから、悲しい。
小さい頃、技術者は無から有を生み出すように見えてすげーと思った。
そんな凄い大人になりたいと思ってた。
そもそも、原点は水泳の大会かなって思う。
手動計測での小さな大会にしか出れなかったところからどんどん大きな大会に出れるに従い、電光掲示板のある会場でのレースに出られることが誇りであり、嬉しかった。
そんな憧れた電光掲示板はオーロラビジョンに置き換わり、よりいろんな情報が画面に流れるようになった。
レース会場の皆の視線が集中するあんなのを作れる人になりたいって思った。
力道山の頃のTVみたいな感覚だったんじゃなかろうか。
話がそれたが、悲しい言い方をすると技術者は自分が小さい頃に憧れたようなものではなかった。
自分の意志に関わらず、営利団体のサラリーマンとして利潤を生み出すために市場原理にのっとり、需要の高い要求に応える技術開発をする。
職人的な人たちは自分の得意なところ、興味のあるところに徹底的にこだわり技術を突き詰める。
こうして作る側も使う側も自分の都合のみを考えるようになってしまったのではないだろうか。
当然それを全否定するものではない。
世間的に使い古された表現を使えば、こうした仕組みが互いに切磋琢磨し、日本の技術を世界有数なものに押し上げたことは動かしがたい事実だ。
そしてその成果を自分はこれまでしっかりと享受してきた。
でも、本当に事態が深刻になってきている今、今までの便利さを追求する行為が地球環境を破壊していることに気づいているのになお、同じ生活を続ける、それ以上に利便性を追求することは悪ではないだろうか。
ソ連崩壊で冷戦が終結した時、社会主義はユートピアだった、資本主義が勝ったと語られた。
資本主義がやはり正しかったと思って今に至る人が多いのかもしれない。
でも、僕はそれは違うと思う。
第二次世界大戦を終えて、なるべくこういった戦乱を引き起こさず、世界中の人間が前を向いて生きていくためにこれらのイデオロギーを掲げて生きていくことにした当時の指導者達の智恵だったと思う。
そして、社会主義はその役割を終えた。
資本主義も今、十分に役割を終え、その作り上げた産業構造から引き起こされる負の部分の責任を取り、葬り去られるべきではないかと僕は思う。
もし、それに代わるイデオロギーが人間にとって必要であるとするならば、それを考え出すことが今を生きる我々の命題ではないかと思う。
生きるために必要だと人は言う。
でも、その生きるためにしていることが地球で生きることを出来なくする要因になっている矛盾。
子供でもわかるこの矛盾。
そしてそう感じながら自分もその社会に取り込まれてしまっている自己矛盾。
生きるということは難しい。
まずは小さなことから。
我が家は昨年からエアコンを撤廃した。
掃除機から箒にかえた。
テレビも随分前に撤廃した。
徐々に非電化をすすめていく。
CO2の話に特化したが、学生の頃は水質のことが気になってた。
今は頓に海に行く機会が減り忘れかけてしまっているが、ライフセービング絡みの大会、イベントで学生の頃は海に良く出かけた。
世間ではライフセーバーのイメージは夏場の浜の迷子の世話とかを思い浮かべる人が多いかもしれない。
海開きした浜の監視員をする人たちの一日はビーチクリーニング(浜の掃除)から始まる。
夏の間、毎日やっているにも関わらず驚くほどごみが出る。
全てが釣り愛好者を含めた海で遊ぶ人たちのごみとは言わない。
海外から時間をかけて流れてくるごみもあれば、船から投げ捨てられたごみもあるかもしれない。
でも、そういう事実があることは皆が知るべきだと思う。
それから、これは賛否両論あろうが、日焼け止めクリームにサンオイル。
僕はどちらも塗らない。
理由は海が汚れるから。
海に入るなら、どうせ水で落ちてしまうのになぜ塗るの?って思う。
ブラジルのジャングルをつぶして作ったでっかい農場で作られた大豆の40%は日本に輸出されているという事実。
その大豆から納豆も作られているだろう。
TV番組を見て納豆を買い漁った人たちの納豆はこういったところから来ている。
昔の話を言えば、ナタデココブームで日本輸出向けにできた大量のフィリピンの畑は荒れまくってる。
しかもこういったブームが飽食の産物であるダイエット効果ってところがなんとも。
スーパーに並ぶ食品の原産国と価格を見て、どんなに買い叩かれたとしても輸出しなければ生き延びることの出来ない国の人たちを想像してもらいたい。
番組制作上のデータ捏造も問題だろうが、もっと大きな問題とされてよいこういった部分は何故取り上げないのか?
捏造の報道を見るたびに、よりメディアの倫理を疑う。
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